大好きなおばあちゃん


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この3ヶ月間、毎日祖母に会いに市民病院へ通いました。

毎日、着替えを持って行き、寝たきりなので、歯磨きをし、車椅子で散歩。化粧水を塗ってあげて、全身はボディクリームを塗りながらマッサージ。爪など切ってあげてお話をして、帰ります。



祖母は、私が妊娠中、脳梗塞で倒れました。
3年前です。
その日に限って、私は切迫早産で入院中、父はストーマの手術で入院中でした。

救急車で市民病院へ運ばれましたが、4時間以上放置されました。
以前もこの市民病院には触れましたが、本当に全く役に立たない病院です。

今まで、散々家族はこの病院で受入拒否され、治療も散々…
地元でも、有名ですが、まず行かない病院です。

叔父(祖母の息子、母の弟)は、遠くに住んでいる為、市民病院に駆けつけた時には、既に1時間以上、経過していました。
父に連絡を取り、父はドクターヘリを手配してくれました。
あとは、叔父のGOサインさえ出れば、神戸の病院へドクターヘリで運ぶ予定でした。

しかし、叔父は、GOサインを出しませんでした。
叔父も市民病院がこれほど杜撰だとは思わなかったのでしょう…
そして、お兄さんに迷惑はかけられないと…

そうして、祖母は、倒れてから、4時間以上放置され、言語障害などの後遺症が残りました…

脳梗塞で倒れてからも無事に退院し、数年祖父と穏やかに過ごしていました。

ただ、肺炎を患ったり、心臓が弱いため、ちょくちょく短期ですが入院しては退院し…を繰り返していました。

去年の10月からまた肺炎で入院し、病状がよくなっては、悪化し、よくなっては、悪化しの繰り返しでした。

そして、年が明けて、1月7日4:00頃、心臓がゆっくり止まり息を引き取りました。

77歳でした。
1月の誕生日を迎える事なく逝ってしまいました…


私はこれまで、仕事関係で何度も告別式に参列していますが、誕生月に亡くなる方の多い事…
身内もですが、ペットまでも皆、誕生月に亡くなっています。
不思議ですね。


話を戻しまして。

この日、私は3時に目が覚めました。
リフレックスを飲んでいるので、普段夜中に起きる事はまずありません…というか起きれないのですが…

この日は、突然、目が覚め、1階のリビングへ下りようとした時、電気が点いていることに気づきます。
主人も目が覚め、私より、一足先にリビングにいたのです。
何と主人は夜中からリビングのお掃除( ̄∇ ̄)

主人は、一回寝たら朝まで起きない人なのに…

そして、4時前に母から電話が…

病院から電話があり、急変したとの事…

車を飛ばし、私が真っ先に、病院へ駆けつけました。







しかし…





数分間に合いませんでした…






祖母に触れるとまだ温かく…




まるで、笑っているように、見えました。



祖母との思い出が一気に溢れ出し、私はその場に泣き崩れました。

個室であることをいい事に…

ウォンウォン泣きました。

大好きな大好きなおばあちゃん…

私は、弟と歳が離れている為、一人っ子期間が長く、両親は会社を立ち上げ、1日20時間以上働く…そんな毎日。

両親が、私に構っている暇などありませんでした。
それでも、寂しくなかったのは、いつも祖母がいてくれたから。

私は、3歳ぐらいから記憶があるのですが、祖母との思い出は、多すぎて…



よく、アツアツのごはんでおにぎりを握ってくれ、おしぼりとケロッピーの水筒を持ち、山の上にある巨大公園へ。

アスレチックで遊び、祖母の自転車の後ろに乗って、祖母にしがみついて祖母の家に帰る…


保育園の参観日は、いつも祖母が来てくれていました。


スーパーにも一緒に行きます。

庭でバトミントン。

家の駐車場のコンクリートにチョークでお絵かき…


挙げればキリがありません。


祖母は洋裁のプロ。それを職業にしていましたから、服やカバン、クッション、全て祖母の手作りでした。

お料理上手で優しくて…

おせちの作り方も祖母に仕込んでもらいました。

親に相談できない事は、祖母に…


正直、一番最後までいて欲しかった人です…
私にとっては…


やはり、いい人は、早く逝ってしまわれる…



祖母の母は、100歳を超えています。
祖母は、4人兄弟の長女。
弟達はみんな亡くなり、祖母が曾祖母の面倒をみていました。
曾祖母は、意地が悪く、自分の娘なので、遠慮がなかったのでしょう…
祖母を顎で使っていました。

祖母は、昔から心臓が悪く、ニトロペンを持ち歩くくらいでした。

寝る前に枕元には、心臓のお薬と必ずニトロペンを…



脳梗塞で倒れてからは、曾祖母は施設に入りましたが…それまでは辛い生活だったと思います。

叔父が、通夜の際に、ドクターヘリの件を後悔していました。
自分の判断で、祖母は後遺症を…
そして最終的には死に追いやったと…


私はそうではないと言いました。



これも、神様のお導き。
もし、仮にあの時、神戸へ運んで、元気になっていたとする…

そしたら、祖母は今でも元気かもしれない。

ただ…曾祖母のお世話に明け暮れていたことでしょう…
心臓に爆弾を抱えて…

毎日毎日、曾祖母に嫌味、文句を言われて…


脳梗塞で倒れてから、うまく喋れなくなりましたが、祖父と2人のんびり暮らしていました。
いつも家に行くと、仲良く2人ダイニングテーブルの前に腰掛けてニコニコ。


私はその姿を見るたびに、これで良かったのだと思っていました。

祖母が入院中、私がお世話をしていたので、叔父が孫に迷惑をかけてすまないと私に言いました。

それは違うと叔父に伝えました。

私は好きで、祖母のもとへ行っていました。
誰からも頼まれていません。
自分の意志で…
私が行きたいから行っていました。

何度も叔父の近くに転院しようと試みましたが、毎回、転院日当日に具合が悪くなる祖母。
転院したその日に急変し、救急車で元の市民病院へ運ばれた事もありました。


この時に思いました。


ああ、神様が祖母の近くに私がいるよう、はからいをしてくれているのだなと…


だって、本来なら私には仕事があり、特に今の時期は、私の職場は超繁忙期。

帰宅時間もかなり遅くなり、病院には、とてもじゃないけれど行けないことでしょう…

それが、今は休職中。
絶妙なタイミングです。


そう思っていたからこそ、毎日、病院へ行っていました。
神様からのメッセージ。
祖母のそばにいるようにと…


何があっても後悔しないように…


私は毎日病院へ通いました。


9月の離脱症状がピークの時に、全く眠れず食べれず、体重は、37kgをきりました。

そんな時に、祖母の家に行きました。
普段喋れない祖母が、私に語りかけ優しく包み込んでくれました。

祖母の隣で一緒に2時間眠れました。
祖母と一緒に寝るなんて、20年ぶりくらい…

これが最後になるなんて思ってもみなかった…



3ヶ月間、短い間でしたが、ずっと祖母のそばにいれた事。
祖母も入院中、痛みもあり、苦しそうで辛そうで…
見ている私も辛かったですが。


やっと楽になれたね。もう痛くないよ…苦しくないよ。もう大丈夫だよ。頑張ったね。

そんな言葉を祖母にかけて、最期のお別れをしました。

大好きなおばあちゃん…


どうか、安らかに眠ってね…


祖母が亡くなってから、不思議な現象が続いています。

ドアが勝手に開き、勝手に閉じる。

娘は、「ひいばあちゃん、お家でねんねしてお名前呼んでも、起きなかったのにね…
ひいばあちゃん来てくれたの。
ひいばあちゃんと遊んだの…〇〇ちゃん(←娘の名前)とこ来たの」

「ひいばあちゃん、1階におりたよ」

と何やら嬉しそう…
その都度、教えてくれます。

どうやら、娘には見えているようです…
やっぱり霊感強いな…この子…

もう霊感が全くなくなってしまった私には、祖母の姿も気配も感じる事は出来ないけれど、きっと家族を見守ってくれていると思います。

おばあちゃん…

今まで本当にありがとう。。。









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コメント

非公開コメント

No title

そうだったのですね。。 (T_T)

おばあさまは、kobuさんが傍にいて献身的にしてくれたこと
,きっと幸せな時間を過ごされたことと思います。
そして、kobuさんのことを見守ってくれているに
違いないと思います。
娘さんもおばあさまが今も傍に来ていることを実際見てますもんね。

私の父はもう20年前に他界しましたが、
やはり、誕生月でした。ブログを読んでびっくりしました。
そういうことがあるのですね。。

ご祖母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

pipiさんへ

こんにちは。
お父様がお亡くなりになり、もう20年も経つのですか!?
若くで逝ってしまわれたのですね。
やはり、誕生月ですか…
本当に私の周りも多いのです。
誕生月は気をつけた方がいいとよく言われます。

お心遣いありがとうございました(o^^o)

No title

kobuさん、父は60才でした。きっとkobuさんは
うちの上の子とあまり年齢が変わらないのだと思います(^_^;)
そして、kobuさんの親御さんと私が同世代だと
思いますよー

こんばんは

祖母様、最後に隣で
kobuchoroさんが一緒に寝て下さって
喜んでおられたことでしょうね。

亡くなった祖母様、不自由な肉体から解放されて
今は、のびのびと喜びの中で生きておられることでしょう。

そして、kobuchoroさんのことを
笑顔で見守っておられることと思います。

祖母様のご冥福をお祈りいたします<(_ _)>

pipiさんへ

おはようございます(*´ω`*)
お父様は60才でしたか。。。
お若い…

そうですね…おそらく私はpipiさんのお子さんと年齢が変わらないと思っていました(*⁰▿⁰*)
そして、pipiさんは親世代かな!?
母は昭和37年生まれです(o^^o)

坊主おじさま

生きているときに大変苦労していた祖母…
心臓がかなり弱いため、若い時から苦しんできました。
そんな肉体から解放されて、のびのびと喜びの中で生きていて欲しいと私も思います(*⁰▿⁰*)
孫5人、ひ孫にも見守られ逝きました。
家族葬にしましたが、ゆっくりお別れが出来、良かったです。

お心遣いありがとうございます。

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鍵コメ様

こんにちは☆
私もお年頃なので…笑笑
お子さんに4つ足していただければ、私の年齢になります(^^;)

若いと言って下さって純粋に嬉しい♪
クライアント様にも職場でも若いね〜若いね〜と言われていましたが…
今は誰も言ってくれませんので…笑( ̄∇ ̄)

回復早いといいのですが…
離脱症状が強く出る度、明日の自分はどうなっているのだろう…と不安になります。
家族には、不調でも心配をかけるので、言いません。
現実世界では、減薬生活は孤独ですので、ネット、ブログを書ける環境が有難いです^_^
鍵コメ様のブログ訪問は、私の日課です。
コメント欄もとても参考になります。
ありがとうございます(*⁰▿⁰*)
それにしても、苦しんでいる方が多すぎますね…