自分の命が自分だけのものではないと感じたあの事件



★注意★
今回の記事は、あまり気持ちの良いものではありません。
気分を害される可能性もありますので、自己責任でお願い致します。


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私は、今まで数々の死ぬような思いをしてきました。
そのうちの一つを今日はお話したいと思います。

幼い頃の記憶…でもあの事件だけは、今でも鮮明に思い出す事ができます。あれは小学生の時、私は従姉妹家族と遊園地に遊びに来ていました。
父が会社を辞め独立し、今の会社を立ち上げた為、私の両親はかなり忙しく遊びには行けませんでした。
なので、従姉妹家族が私を連れ出してくれたのです。

遊園地も終盤、回転式の大型ゴンドラに私と叔母、そして、従姉妹は乗り込みました。
私は小学生、従姉妹は3つ下でまだ小学校には行っていませんでした。


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画像お借りしました。
イメージはこのような感じです。。



叔母、私、従姉妹この順でゴンドラに乗り込む予定でした。身長制限も満たし、いざ乗り込もうとした時、従姉妹が言いました。


「私、ママの隣がいい」


結局、叔母、従姉妹、私の順で乗りこむ事に…

回転式の大型ゴンドラは、最初はゆっくり動きます。次第にスピードは速くなり、1回転しだします。
この時に事件は起きました。




安全バーが完全ではなく、私は安全バーからすり抜けてしまったのです。


安全バーにぶら下がり、宙ぶらりんの状態…
その状態で、ゴンドラは大きく大きく回転します。
手を離せば、私は地面に叩きつけられ即死でしょう…





私も、従姉妹も、叔母も、周りの方も悲鳴をあげました。




しかし、ゴンドラは凄いスピードで回転しています。それはそれは大きな音を立てて…


絶叫マシーンから悲鳴が聞こえる事は、遊園地で働くスタッフにとっては、日常茶飯事。

叔母の声が、周りの方々の声が響きます。

「止めて…誰かー…誰かー…」



しかし、私達の声が届く事は、ありませんでした。

当時、小学生でしたが、それまでの人生が走馬灯のように流れていきました。
ああ、私の人生これで終わってしまうのか…



叔母は、ガタイが良く、私を必死に引き寄せようとしてくれました。でも、真ん中には従姉妹がおり、叔母も中々力が入りません。
それでも、必死に私の腕を掴んでいました。

「大丈夫。大丈夫だからね」

叔母の顔はもう涙でグチャグチャでした…




私の力も叔母の力もどんどんなくなっていきます。
「もう、ダメ…」
2人はもう限界でした。









ああ、もうダメだ…


そう思った時、アトラクションは停止したのです。


叔母も、従姉妹も、私も涙で顔はグチャグチャ。


アトラクションから降り、すぐに運転を中止するようスタッフに伝えましたが、スタッフの反応は…

「安全バーが?…はあ…( ;´Д`)そんな事がねえ…」



何とも気の無い返事。

私達は力が抜け、その場を後にしました。







そして、数ヶ月が経ち、従姉妹家族が遊びに来ていました。みんなでテレビをみていた時に突然入ってきたニュース。


















1995年(平成 7年)10月28日 -兵庫県○○○ランドの回転式大型ゴンドラ「レインボー・アトラクション」で、制限を満たしていた小学1年生の少女が安全バーをすり抜け転落し死亡…







死亡…






死亡…







死亡…!?





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


その少女の年齢と名前、顔写真が出ました。
叔母が叫びました。

「名前、名前が…」
















その幼い少女の名前は、私の名前と同じだったのです。年の頃も私と近い。






血の気が引きました。

私があんな体験をした後も、私達の意見は無視され、あのアトラクションは運転されていたのですね。



私が座っていた場所は、本来なら従姉妹が座るはずだった…従姉妹があの場所に座っていたら、私より幼い従姉妹は、きっとアトラクションから放り出されていた事でしょう…



離脱症状で希死念慮が強く、もう死のうと思った時、この女の子の事が頭に浮かびました。

私があの時、死んでいれば、この女の子は死ぬ事はなかった。
私さえ、死んでいれば…
そんな風に思ってしまったのです。



この女の子にも輝かしい未来が待っていたはずなのに…



両親はどれだけ悲しんだことでしょう…


女の子もこんないとも簡単に、自分の人生が終わるなどと思わなかった事でしょう…


そう考えると。
私の命は自分だけのものではないと思いました。
私が死ぬべき人間ならあの時にとっくに死んでいた。

生かされているという事は私にはやらなければいけない事があるということ。

あの女の子の分まで私は生きなければならない。そうでないと、私はあの女の子に合わせる顔がない…



こんな体験もう二度とする事はないと思っていましたが、私はこんな体験を間接的にもう一度体験する事になるのです。

長くなりましたので、この話はまたの機会に。
気分を害されましたらすみません。
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コメント

非公開コメント

こんにちは

大変な事故に遭われたのですね(>_<)

kobuchoroさん、
命が助かられて、本当に良かったですね!

それにしても、遊園地の職員の怠慢
ひどすぎると思いました。


犠牲になった女の子
大変お気の毒です。
ご冥福をお祈りしたいと思います<(_ _)>





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坊主おじさま

おはようございます。
本当にあの時ばかりは、自分の人生がここで終わると思いました。
遊園地は程なくして閉園となりました。
園側が適切な対応して、アトラクションを運転休止にしていれば、防げた事故です。
果たして、あんな思いをしたのは、私と女の子だけだったのか…!?
実際には、多くの方があのアトラクションで同じ思いをされたかもしれません。

私も、もっと両親に頼んで園側に強く言っていれば…と今でも後悔しています。
本当に可愛らしい女の子でした。




鍵コメ様

おはようございます(*´∀`*)

凄い体験でしょ…(^^;;
非現実的な出来事をこの後何度も体験する事になります。
一度では、終わらなかった…
ブログで、少しずつお話できればと思っています。
私も体験をしていなければ、きっとスピリチュアル…といった類は信じていなかったでしょうね。
目に見えるものが全て。普通の感覚ではないでしょうか?

私も何か生きなければならない使命みたいなものを感じていますが、実際はまだ何も出来ていません。

これから生きていく上で模索していく事でしょう。

話は変わって、鍵コメ様の第一志望は医師だったのですね(*´∀`*)
きっと鍵コメ様が医師になられていたら、素晴らしい医師だったに違いないですね。
やりとりをさせていただいていて、そのように感じます。
お仲間さんの職業面白いですね。。
料理人枠が空いていますね(*'▽'*)笑

私は、入院している祖母のお世話に毎日行っておりますが、やはり、看護師の仕事もしてみたいと強く思います。

休職している職業も私にとって、かけがえのないやりがいのある仕事ですが…
お出会いさせていただく相手が常に経営者、会社のトップ人である為、勉強させていただく事が多く、20代前半から今までとても多くの事を学ばせていただきました。

娘には、医療関係に勤めて欲しいと思いますが…自分の夢を子供に押し付けてはダメですね。

ただ、私も両親に言われたのと同じように、娘に「女の子1人でも、生きていけるような将来設計をしなさい」と伝えたいなとは思っています。
それから、薬に関しても安易に飲まない事を…薬育をしようと思っています(^^;;苦笑




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鍵コメ様

おはようございます。今週もスタートしました。
何かあれば薬…私も単純に今まで考えておりました。
一番良く飲んでいたのは、風邪薬。消費量半端なかったです。


看護師…私の友人達は看護師や医療関係に進んでいる子が多いです。看護学校の先生とか…
私の保育園時代からの友人は、結婚後、子供を一人産んで、離婚し、働きながら看護師の資格を取り働いています。
育児、仕事、家事をこなしながらの勉強&実習は眠る暇などないくらいの生活でした。
せめて子供がもう少し大きくなるまで待ったら…体が壊れちゃうよ」私は何度も彼女にそう言いましたが、
「今やらなければならないの!」
彼女の意志は固く…そんな彼女を尊敬し、いつも応援していました。
本当に見ていて涙が出ました。

そんな彼女も今ではバリバリ看護師として、働いています(*'▽'*)

息子さんの将来が楽しみですね☆
男性は、家族を養っていかなければならないので、職業はとても大事になってきますね。
行く高校、大学などで大きく人生が左右される…そう思っています(^^;;