FC2ブログ

娘との時間


私には、育児が出来なかった空白の数年があります。

屈辱的な数年が…

始まりは、2014年…

妊娠経過が悪く、切迫早産となり、3ヶ月の入院生活。

一度も退院する事なく、産むまで入院でした。

1日10回以上点滴を刺し替えられ、最後の方は針が刺さらない状態…

絶対安静なので、3ヶ月入浴の許可も出ず、真夏でしたがお風呂にも入れず…
ずっと寝たきり…起き上がってはダメ…
苦痛以外の何ものでもない…

でも、娘に会う事だけを楽しみに…

娘が無事に生まれる事だけを願って…

過ごした妊娠期間でした。

やっとやっと娘に出会え、今から育児が始まろうとした矢先、数々の不快な症状が私を襲いました。
やっと家族3人で過ごせる…そんな風に思っていた矢先の事でした。
どこで、検査をしても異常が見つからない…
助けてくれる医療機関がありませんでした…

人生で初めて受診した心療内科で「産後鬱」と診断され…
待っていたのは、投薬治療…
これが私の精神薬との出会いです。

そこから、人生の歯車がどんどん狂い、育児どころか、自分の事すら全く出来ない、日常生活が送れない…
目の前に光などありませんでした。

本当に色々あった数年でした。

この数年、様々な出会いがあり、今の私がいます。

薬もようやく、1剤…そして少量になり、最近になってようやく、私ってこんなんだったよね〜と思えるようになりました(●´ω`●)

ずっとずっと思い出せずにいたのです…

元気だった頃の自分…

健康であった頃の自分…

今の私は、精神薬を服薬する前の自分より元気です…

それは、これらの経験で、生活習慣をガラッと変えたから。

食に関しては、劇的な変化…

これは私にとって一番効果的でした。

何を削っても食費だけは、絶対に削らない…

食は、家族の血となり肉となるから…


健康が戻ってきたと同時に、ずっとずっとやりたかった育児を私はしています。


笑って育児が出来ている自分がいます。

ずっと娘と一緒にいます。

娘の大好きな空間があります。

20170426120505648.png

おままごとのキッチンが置いてあるこの空間(*´꒳`*)

扉を開けると、ちゃんと包丁とまな板まで収納出来ます。

魚を焼くコンロまで見事に再現されています^ ^
20170426120506f8e.png

この場所で、ずっと遊んでいます。

20170426120506f4d.png

広いので、主人が帰ってきたら、主人もここへ加わりパズルをしたり、絵本を読んだりしています♪

20170426120509d6c.png


こんな当たり前の光景が、私にとっては全く当たり前ではないのですよね…

それを教えてくれたのが、産後鬱と精神薬でした…

時間を戻せたら…ずっとそう思ってきた数年だったけれど…

今はこれで良かったと思っています。

私にとって、経験しないといけなかった出来事だったのでしょう…

そう思えるまでに、多くの時間がかかりましたが…

以前のスッキリしたリビングが懐かしい…苦笑


2017010415491478f.png

あんなに娘を産んだ事を後悔していた(産後鬱の症状です…(´-ω-`))私が…

今は、娘と出会えない人生なんて考えられない…

産後鬱に精神薬は、必要なかった…



関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

これからを大切に

kobuchoroさん、こんにちは。

辛く長い時間を過ごされたと思います。
この経験は実際に体験した人でないと、なかなか理解してもらえないのが辛いところです。
確かに辛い経験ですが、同様の辛さを体験した仲間たちに会えたことは嬉しいことですよね。
一人ではなかなかできない減薬、断薬、そして離脱症状との闘い。
仲間がいてこそ乗り越えれる壁です。
これからは、楽しい人生を歩んで下さいね。

パキシルの記事にもコメントを長文で書いたのですが、ミスって全部消してしまいました。
多分、次に書かれる記事に関する内容だと思いますので、また次回にコメントさせて頂きます。

No title

辛い日々を送ってきたんやね。

もうちょっとやん。

すすもな!(^o^)


辛い時は娘さんと一緒に居られる事に喜んで
笑顔に癒されて抱きしめて眠ったらええやん。

友人にこんな人が居ててね。
同じ様に娘を出産して直ぐに産後欝と診断されて入院させられて
娘さんを育てられないからと児童相談所に一時保護されて
お母さんは半年ほどで退院して働いたけど
娘さんは返して貰えずに一緒に眠れたのは6年後だったんよ。

可愛い手を握って寝息を聞きながら幸せになろうよ。(^o^)

よく越えて来たね。(^o^)

おっさん様

おっさん様

おはようございます(●´ω`●)
辛く長い時間を過ごしたはずなのに、それでも、これで良かったと思えるのですよね。
小さなことでも、大きな幸せに感じられる自分と出会えたこと…挙げたしたらキリがないのですが、人間的に成長出来た気がするからです。

かけがえのない出会いもあり、これは宝ですよね(*´꒳`*)
自分1人の力では、絶対にここまでやってこれなかったと思います。
色々な人の知恵をお借りし、励ましてもらい、今があります。

おっさん様にも、いつも前に進むパワーをいただいています^ ^ありがとうございます^ - ^

パキシルの記事にも長文コメントを用意して下さっていたのですね!
消えてしまうこと…私も多々あります(´-ω-`)

もうすぐGWに突入し、精神薬に関する記事は、GW明けになるかと思いますが、また読んでみて下さいね。

おっさん様、手術後大変な中、コメントわざわざありがとうございますm(_ _)m

Nisiさんへ

Nisiさんへ

昔からお付き合いのある方は、私が薬を飲むことになったこの辺の背景は皆さんご存知なのですが、Nisiさんには驚かせたかもしれませんね。

暗く長かった暗闇をあと少しで抜けられそうな…そんな感じがしています。


産後鬱の症状は、精神薬と同じくあり得ないような症状ばかりでした…

我が子に恐怖を感じたりね。

今は全くそんな感じは無く、悪い夢を見ていたかのようです。

Nisiさんのお知り合いの方にも、産後鬱の方がいらっしゃったのですね。
私もネット上で、知り合ったお母さん方の中には、乳児院に預け、そのまま引きとれなかった。
または、ご主人の理解が得られず、離婚され、ご主人様とお姑さんに子供を取られてしまった…などの話をたくさん聞いてきました。

そんな話を聞くと、やはり今目の前に広がる幸せは、決して当たり前ではないと思うのですよね…

本当に頑張ります…
私…

いつも見守って下さって、ありがとうございます(●´ω`●)

No title

辛い記憶を忘れようとしても簡単な事じゃないけど
何かと置き換える事は出来るから
こんなのはどうでしょう?

友人の娘さんが3歳の頃に話した胎内記憶とも前世記憶とも言うけど
空の上から沢山の子供達と下界を眺めていて
お爺さん(たぶん神様)に
「あの人がいい!」と言ったら
「行っておいで。」と言ってくれて
ママの子供になってた。
と話したと言ってたんよ。

娘さんをkobuchoroさんの所へ送ったのは神様ですよ。(^o^)

送っても大丈夫と判断して送ったのだから
いいお母さんになれるよ。

その為の試練をだった。

そして

その試練がもうすぐ終わりを迎える!

耐えられる人と神様が判断してくれたのですよ。

どこかの経典じゃないけど
kobuchoroさんは選ばれた民(人)です。

耐えられるように
可愛い娘さんをそばに居させてくれた
試練だったんよ。(^o^)

そう試練だったんよ。

(^o^)ゴールテープが見える所まで来たやん。
息切れしないようにラストスパートをかけずにゆっくり走りや!

カッコよくラストランナーで越えましょか。(^o^)

Nisiさんへ

何かジーンときました…

【友人の娘さんが3歳の頃に話した胎内記憶とも前世記憶とも言うけど
空の上から沢山の子供達と下界を眺めていて
お爺さん(たぶん神様)に
「あの人がいい!」と言ったら 「行っておいで。」と言ってくれて
ママの子供になってた。】

この話はよく聞きますね。
子供は、母親を選んでやってくると…
私の娘も胎内記憶の事をよく話してくれます。
私の娘は、おそらく遺伝ですが、霊感もかなり強く感受性が強い子です。
私の感情を敏感にキャッチする子なので、私も気をつけています^ ^笑


【娘さんをkobuchoroさんの所へ送ったのは神様ですよ。(^o^)
送っても大丈夫と判断して送ったのだから
いいお母さんになれるよ。】

本当にありがとうございます(●´ω`●)
私はここ数年、ずっと自分を責めてきたので…
育児ができなかった事、主人にも家族にも、そして1番は娘にも申し訳なく思い、自責の念が消えませんでした。

私が負った傷はあまりに深いですが、これからは未来を見つめて歩んでいきたいです。


減薬も慎重にソフトランディングを目指します♪
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。